さしすせそ

調味料のことではなく筆者の滑舌の話である。
 
去年の春から「サ行が酷い」と言われ続けている。現在も大幅な改善は見られない。
舌を噛んだような、引っかかった音になっているらしい。
しかし、自分で録音して注意深く聞いてみても、イマイチ問題点がはっきり自覚できなかった。
 
気にしてはみるもののそれだけでは改善するはずもなく、時間ばかりが過ぎていっていたのだが、
昨日寝てる時にちょっと思いついたことがあったので、メモしておこうと思う。
 
しかしこの筆者のこと、ただのメモではすまないのであった・・・。

「サ行」と「ザ行」――日本語に"z"はない。

試しに「サ・シ・ス・セ・ソ」と発音してみていただきたい。
舌は歯とほとんど触れないはずだ。
「サ行」は、下と歯茎の間に狭い隙間を作り、そこに息を通すことで発音される。
もし下が歯に密着していたら、弾く音が加わって英語の"th"みたいな曖昧な音が出てしまう。
ここが、筆者がこの一年間悩まされ続けている弱点である。
 
では今度は「ザ・ジ・ズ・ゼ・ゾ」と発音してみよう。
・・・お気づきだろうか?
何のことやらと思う方は、「サとザ」を交互に発音してみてほしい。
 
・・・そう、「ザ行」(ジ以外)の時、舌は歯に触れている。
 
ここから、ちょっと専門的な話が始まる。
 
「サ行」の子音は"s"である。"s"は無声子音。さっき書いたとおり、下と歯茎の隙間を使う音だ。
じゃあ、「ザ行」の子音は何なのか。
答えは、"dz"である。
「下と歯がくっついていると弾く音が加わる」と書いた。「ザ行」には、この弾く音が含まれているのだ。
日本人は「ザ」と発音する時、下を前歯の裏あたりに一瞬くっつけ、弾く音"d"を出してから、
そこに出来た狭い隙間で摩擦音の"z"を出し、最後に母音の"a"を発音しているのだ。
たった一文字、「ザ」のために口の中はこんなに細かく動いているのである。
 
ここで表題、「日本語に"z"はない。」について。
日本語における「ザ行」の子音は、標準的には"dz"になるという。
ただ、母音と母音の間にザ行が来た場合、
たとえば「登山」とか「枕崎」とかの「ザ」は、"za"になっているのだとか。
「インフルエンザ」の「ザ」は、直前が「ン」だからか外来語だからか、弾く音が入るようだ。
皆さんもいろんな単語でお試しあれ。
 

仲間はずれの「ジ」――五十音表の謎

さて、さっき、「ザ行を発音すると舌が歯に触れる」というところで、(ジ以外)と書いた。
もう一度注意深く、「ザ・ジ・ズ・ゼ・ゾ」と発音してみよう。
「ジ」の時だけ、歯というよりは、「歯茎」の方、口のより奥の方に下が触れていると思う。
これはどういうことだろうか、「ジ」は「ザ行」のほかの音と何が違うのだろうか・・・
 
答えは単純、「ジ」の子音は"dz"ではないのだ。
 
「ジ」の子音は、有声後部歯茎破擦音という。
アルファベットに同じ形の記号がないのでここには書けないが、とにかく、
「ジ」はザ行のほかの音とは別の種類の音なのである。
 
では、「ザ」の子音、"dz"に母音"i"をつけたらどうなるのか。
反対に、「ジ」の子音「有声後部歯茎破擦音」に母音"a""u""e""o"をつけたらどうなるのか。*1
 
これも試してみれば早い。舌の動きを同じにするように意識しながら、五段すべての母音を試すのだ。
 
すると「ザ行」は、「ザ・ズィ・ズ・ゼ・ゾ」、
「ジの子音」の行は、「ジャ・ジ・ジュ・ジェ・ジョ」になるはずである。
・・・あくまでこれは便宜上の書き方で、文字に直したらこうかな、という程度のものなので
あんまり深く突っ込まないでほしい。
とにかく日本語の五十音表にはこのように、同じ行なのに子音が違う、というものが結構ある。
たとえば・・・
 

他民族な行――「タ行」編

「タ・チ・ツ・テ・ト」と注意深く発音してみよう。
お分かりだろうか、「チ」と「ツ」の舌の形がほかと明らかに違う。更に言えば「チ」と「ツ」も違う。
・・・しかしこれは実は、「ヘボン式ローマ字」を見れば一目瞭然なのだ。
ヘボン式ローマ字で表記されるタ行は、"ta""chi""tsu""te""to"
見事に「チ」と「ツ」の表記がほかと違っている。ヘボン宣教師の耳は正確だった・・・。
 
ところで、「ツ"tsu"」は、今まで出てきた何かに似ていないだろうか。
「ツ"tsu"」・・・「ズ"dzu"」
おお、なんか凄い一致だ。
 
どういう意味かというと、
無声子音"t"と同じ方法で出す有声子音が"d"、無声子音"s"と同じ方法で出す有声子音が"z"
つまり、無声音「ツ」を有声化する、つまり濁らせると「ズ」になるということなのだ。
 
え、「ツ」に点々つけたら「ヅ」じゃん。という方。
「ヅとズ」を交互に発音してみよう。
・・・多分、音はほとんどおんなじなんじゃないかと思う。*2
 
では、試しに"ts"に五つの母音を付けてみよう。・・・おそらく、
「ツァ・ツィ・ツ・ツェ・ツォ」と書けるような発音になると思う。
ドイツ語を勉強した人には「Z:ツェット」の発音として懐かしく感じられるかもしれない。
前に出てきた「ザ・ズィ・ズ・ゼ・ゾ」は、「ツァ・ツィ・ツ・ツェ・ツォ」を濁らせたもの、とも言えるわけだ。
「ザ行」は「サ行」よりもむしろ「ツァ行」と深い縁があったのである。
ちなみに「ツ」以外の「ツァ行」は国語の教科書などには存在しないが、砕けた表現や方言にはある。
 
例:ルパン三世「あ〜らとっつぁ〜ん!」
 
続いて「チ」である。ヘボン式ローマ字で"chi"なのだから、中学校で英語をちゃんと習った人はもうお分かりだろう。
母音を付けると、「チャ・チ・チュ・チェ・チョ」である。
こちらはこちらで、前に出てきた「ジャ・ジ・ジュ・ジェ・ジョ」と関係が深い。
注意深く発音すればお分かりかと思うが、舌の動きはほとんど同じはずだ。
ちなみにこの発音は、「シャ・シ・シュ・シェ・ショ」とも深い関係がある。
 
最後に、「タ」の子音"t"にそのまま五段の母音を付けると、
「タ・ティ・トゥ・テ・ト」てな感じになる。
とりあえず日本語は「イ段」、次いで「ウ段」に特殊な発音が集中する傾向にあるということらしい。
 

他民族な行――「ハ行」編

続いてハ行である。「ハ・ヒ・フ・ヘ・ホ」の中にも、実は複数の子音がある。
 
解りやすいのは「フ」だろう。明らかに口の形からして違う。発音記号は「Φ」みたいな形である。
「フ」は世界的にみても独特な発音らしい。唇をすぼませ、唇と空気の摩擦で出す音である。
外来語で"f"で発音される音を日本人は「ファ・フィ・フ・フェ・フォ」で表すが、
本当は"f"は上唇と下の歯で作る音だ。・・・無理してその通りにする必要はないが。
 
もうひとつある。ちょっと解りづらいが、「ヒ」の子音もほかと違う。
口の上側の奥、上あごの骨がなくなる部分がある。その手前を硬口蓋、その奥を軟口蓋というのだが、
その境目よりちょっと手前で出すのが「ヒ」だ。「ハ・ヘ・ホ」はそれより奥で出す。
この「ヒ」はドイツ語の「私:ich(イッヒ)」の"ch"とほぼ同じ発音である。
ちなみに関東方言に「ヒ」と「シ」が混ざるというものがあるが、
ドイツの方言にも"ich"を「イッシ」っぽく発音するものがあるらしい。
・・・ええ、ドイツ好きですけど何か?
 

まとめ――"th"と"s"

大学でちょっとかじった音声学の知識をだらだら書いてみたが
きっと間違いが多いのでニヤニヤするなりツッコむなりお願いします。
 
とりあえず、いろいろ調べた結果筆者が"s"だと思って発音してる音はかなり"th"に近いということらしい。
で、「ザは"dza"である。」という音声学の豆知識が自分の「サ行」を考える上でかなり役に立ったと。
正直なところ、生まれてこの方ずっと"s"の発生方法を勘違いしていたらしい。
その勘違いに気づいて、正しい方法を見出せたのも、大学時代の知識のおかげである。
いやぁ、習っててよかった音声学。単位取れなかったけど。
 
・・・あ、あけましておめでとうございます。ここまで読んでくれてありがとうございました。
 
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

*1:この母音の書き方は間違ってるが、まあ、勘弁して。

*2:区別している地方もあるそうなので、個人差はある