歯科医院にて

「こりゃ厄介だな。」
と、壮年の歯科医は呟いた。
そんなこと患者の前で言わないでくださいよ、と心の中で一人ごちて、
レントゲン写真に目を戻す。顎の骨より一段白く、整然と並んだ自分の歯である。
しかし、その右端・・・写真は外から撮っているから、つまりは左の奥歯、左下顎第三大臼歯。
これが、当面の難敵であるということを写真は示していた。
 
“親知らず”である。
 
ほぼ等間隔で綺麗に並んだ下顎の歯の中で唯一、自らの運命は自ら切り開くとばかりに
左下顎第三大臼歯はその個性を際立たせていた。その歯根は顎の後方へ伸び、臼の部分は
隣の第二大臼歯に真横から突撃する形である。ふんぞり返るとは、まさにこのことか。
 
「隣の歯にぶつかってるところに隙間が出来て、ここ、よく物が詰まるよね?
 ここを虫が食ってるかもしれない。もしかすると、親知らずが刺激して痛いだけかもしれない。
 どちらにせよ、これは抜いてからじゃないとなんともいえないね。」
 
もう一度写真を見る。写真左端、右下顎第三大臼歯は非常に素直な奴だった。
さすがに歯肉を突き破って出てきたときは炎症が起こり、しばらくまともに物が食えなかったが、
その後はたいしたわがままも言わず、郷に入っては郷に従えの諺の通り、
周りとの協調を重んじてまっすぐ生えてきてくれた。左下に二本目が現れたときも、
今回もきっと列を乱さず、素直に並んでくれるだろうと根拠のない期待を寄せていたのだ。
そして、その期待は儚くも裏切られる結果となったわけである。
 
――――――
 
というわけで、後2,3回ほど通院して親知らずを抜くことになりました。
人生初の抜歯。一昔前は命に関わるといわれたそうですが、
今の筆者の立場からして、歯の問題は早急に完全に解決せねばなりません。
引っこ抜けないときはハンマーで砕きながら取り出すなんて話もあるようで、
今から戦々恐々としています・・・。
 
抜いたら口の中の写真でもうpしようかな。